話しのスタートは1582年から
このカテゴリーでは、コーヒー豆がどのようにして伝わり、世界中で飲まれるようになったのかを書いてみたいと思います。実はこのテーマのブログを昨年スタートさせて途中まで書いていたのですが、今回改めてこちらのコーヒー教室に移します。
さて、私たちは学校教育で日本史と西洋史を別々に教わりました。 そんな歴史教育をする国は珍しいそうです。 歴史を学ぶとは、日本と世界をリンクさせて同時に学ばないとなかなか掴みづらいものなんです。
そこで、ひとつのキーワード≪コーヒー≫からどんな歴史が見つかるか。
そんな実験として、私のネット店のお客様に読んでもらうメルマガに連載を始めたんです。題して『コーヒーの伝播を追って世界と日本の歴史を訪ねる』
このテーマに沿っていろいろ調べているんですが、自分でも面白くて夢中になります。
話しのスタートは1582年から。
普通はコーヒーの伝播を話すスタートは、やはりコーヒーノキが見つかった頃からの話しですすめるのですが、ここではちょっとひねってスタートを1582年とします。
実はこの年にドイツの医者であり植物学者のレーオンハルト・ラウヴォルフという人物が3年間ほどオリエントを旅行して帰ってきて報告記を書いてます。
その中で、オリエントのイスラム社会で飲まれてるチャウベと呼ばれてたコーヒーの話を初めてヨーロッパに伝えたとされてます。 つまり、ここからイスラム社会だけでなくキリスト教社会に伝わり、さらに世界中でコーヒーが飲まれるようになった一つの切っ掛けでもあります。
では、その頃この1582年に、日本では何があったか? そんなことも見ていきましょうか。
その年の6月に織田信長が本能寺の変で死亡しました。
そして一方、九州のキリシタン大名が4人の少年を遣欧使節団としてローマ法王に謁見させるべく旅立たせているんですね。 日本も世界に目を向け始めた時期だったんですね。
それでは、その頃のヨーロッパはどんな情勢だったのかと調べると、ポルトガルとスペインが1580年に併合し、大型船をつかって新世界を探す大航海時代の真っ只中。 ポルトガル人やスペイン人が船で世界中を駆け巡り、キリスト教の布教活動(如いてはヨーロッパ世界の拡大)が行われてます。
ヨーロッパでは、この時代の飲み物といえばアルコール一辺倒でしたから、この後にコーヒーを知ったということはヨーロッパ社会を大きく変えた要因でもあったんですね。
こんな風に芋づる式に調べていきますと、世界が見えてきて面白い発見が次々と出てきますので、乞うご期待ください♪
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このアリ族の中には、壷などの土器を専門に製作する女性の職能集団が昔から存在しているそうです。その解説や土器の写真を見ると、コーヒーを淹れる際に使われるポット≪ジャバナ≫や豆を煎るときに使うフライパンのような土器≪ブナ・アクシャ≫について書かれているんです。
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