こちらのストーリーに必然性が!
前回は、いま私たちが飲んでるようなコーヒーを最初に飲み始めたのは、やはりエチオピアではないかと推論しました。
確かに、エチオピア人はブンを最初に食用として、ただ単に食べるだけでなく、発酵させて水を混ぜお酒としたり、すり潰して動物の脂を混ぜて団子を作り携帯食としたりしました。
ところが、それを今度は種を取り出して煎って粉にし、煮立てて飲んだ必然性は、どんなスチエーションが考えられるだろうかと思い巡らしました。
考えられるのは、果肉を食べた後に、口から取り出した種を火の中に捨てたら、焦げてきていい香りがしてきたので、取り出してその焦げた豆をかじったりしてみた。
そんな風なストーリーが考えられるが、どうもスッキリしない。
そこで、もう一度、神秘主義スーフィー派の聖職者が、ギシルのようなカフワを祈祷の際に用いた風景を想い描いた。
後にコーヒーノキと称されるアカネ科のブンという植物は、エチオピアのアビシニアン高原と緯度や気候環境が似てるイエメンの山岳地帯だけで育つ。中東地域の他のイスラム諸国ではブンは育たないし採れないのだ。
そして、煮出して作るカフワの材料であるブンの果実は灼熱の中東では持ち歩くと腐る。・・・ならば、そのカフワはイエメンの地域にあるモスクだけでしか、用いられなかったことになる。
しかし、その効用を知ったスーフィーの僧侶達は、何とか他の地域のモスクでもブンで作ったカフワを使いたかったはずだ。
・・・だとするならば、カフワを作った残りカスの種子を持ち歩いたかも知れない。種子なら腐らないし、二番煎じで作られるカフワでもいいからと考えただろう。
もう一度、想像してみよう。
≪アデンのモスクでカフワを飲んで祈祷した貧しいスーフィーの僧侶が、メッカを目指す旅に出る。その際に、残りカスのブンの種子を貰い受け、旅先のモスクで生の豆を煮出してみるがその効用は得られずに、種子を火の中に捨てる。≫
そう!火の中に捨てれば、煎られて焦げてコーヒーの香りが立ち上る♪
そこで、もう一度焦げた豆を煮出してみると、こげ茶色のコーヒーができて、飲んでみるとアデンで飲んだカフワと同じ効果が現れ、香りがすこぶるいいことを知った!!
そうだ、これだ! これなら、ストーリーとして必然性が感じられはしないだろうか。
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