炭とは違うと判定されて
イスラム神秘教のスーフィー派の聖職者たちが、ある時期からコーヒーノキから作られる飲み物を≪カファ≫として使うようになりました。
しかしその飲み物は、私たちが今日飲んでるような黒い液体ではなく、生豆を煮出したような飲み物だったんですね。
それでは、今と同じような煎って作られるコーヒーは、どこの地域で初めに飲まれるようになったのかと考えると、やはりコーヒー豆原産の発祥地であるエチオピアではなかったんだろうか、というのが私の推理です。
その根拠としては、エチオピアでは現在でも大切なお客様を接待するときに≪コーヒーセレモニー≫が行われ、煎り豆を使った独特な飲み方が伝わっているからです。
ここまでが前回までの話でしたが、このエチオピアでのコーヒーの飲み方がカイロの商人たちの目に留まり、イスラム社会の民衆に浸透して行ったと考えます。
つまり、一般に伝わるように、コーヒーノキから作られる飲み物をイスラムの聖職者が秘薬として用いたのは、確かに神秘教のスーフィー派でしたが、他のイスラム宗派にもスーフィー派と同じように宗教儀式の中でカファが用いられたということはなかったのです。 つまり、イスラムの全ての宗派がカファを用いていれば、メッカ事件での禁止令は出されることはないわけです。
そのことを前提にすれば、コーヒーの飲用は「イスラムの各派の聖職者→民衆」に伝わったのではなく、別の伝播が考えられます。
メッカでコーヒーの飲用が始まるころに、それを飲ませてくれる場所はイスラムの裏社
会で営業をしていた居酒屋だったのです。その当時は、公式にはアルコールを禁じていても、数は多くありませんでしたが、居酒屋があったんです。
コーランでアルコール飲料を禁じているイスラム社会ですが、騎馬民族系のオスマントルコ帝国が広範囲に国土を広げた時代に、コーヒーは広まります。それまで居酒屋ではワインを飲ませていましたが、カイロの豪商がエチオピアで見つけたスーフィー派聖職者が飲んでるコーヒーノキと同じ果実から作られる黒い液体の飲み物を売り広めたと推理します。
そんな場所で、コーヒーが隠れて飲まれるようになって、1511年にメッカ事件が起きます。
「最近、民衆の間で飲まれるようになったコーヒーは黒い液体で、その原料は≪コーランで禁じられてる炭≫と同じではないか」と言う論争です。
メッカの支配者カイール・ベイは禁止令を出しましたが、カイロで上司に当たるオスマン帝国のサルタンがコーヒー愛好家だったために撤回されたんですね。
このようなお墨付きを得ることができたので、当時の居酒屋がアルコールに替えてコーヒーを扱い始めたものですから急激に繁盛し、たちまちにその数も増えてスレイマン二世の時代(1566-74年)にはイスタンブールに600件ものコーヒーの家である≪カーヴェハーネ≫ができました。
イスラム教徒が礼拝を済ませて、三々五々にカーヴェハーネでコーヒーを飲んで、地域の噂話や政治の話しなどに花を咲かせたんでしょうね。
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