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2007年4月10日 (火)

炭とは違うと判定されて

 これまでのあらすじを簡単に遡ってみましょう。Sufy7

イスラム神秘教のスーフィー派の聖職者たちが、ある時期からコーヒーノキから作られる飲み物を≪カファ≫として使うようになりました。

しかしその飲み物は、私たちが今日飲んでるような黒い液体ではなく、生豆を煮出したような飲み物だったんですね。

それでは、今と同じような煎って作られるコーヒーは、どこの地域で初めに飲まれるようになったのかと考えると、やはりコーヒー豆原産の発祥地であるエチオピアではなかったんだろうか、というのが私の推理です。

その根拠としては、エチオピアでは現在でも大切なお客様を接待するときに≪コーヒーセレモニー≫が行われ、煎り豆を使った独特な飲み方が伝わっているからです。

ここまでが前回までの話でしたが、このエチオピアでのコーヒーの飲み方がカイロの商人たちの目に留まり、イスラム社会の民衆に浸透して行ったと考えます。

つまり、一般に伝わるように、コーヒーノキから作られる飲み物をイスラムの聖職者が秘薬として用いたのは、確かに神秘教のスーフィー派でしたが、他のイスラム宗派にもスーフィー派と同じように宗教儀式の中でカファが用いられたということはなかったのです。 つまり、イスラムの全ての宗派がカファを用いていれば、メッカ事件での禁止令は出されることはないわけです。

そのことを前提にすれば、コーヒーの飲用は「イスラムの各派の聖職者→民衆」に伝わったのではなく、別の伝播が考えられます。

メッカでコーヒーの飲用が始まるころに、それを飲ませてくれる場所はイスラムの裏社Cafe2会で営業をしていた居酒屋だったのです。その当時は、公式にはアルコールを禁じていても、数は多くありませんでしたが、居酒屋があったんです。

コーランでアルコール飲料を禁じているイスラム社会ですが、騎馬民族系のオスマントルコ帝国が広範囲に国土を広げた時代に、コーヒーは広まります。それまで居酒屋ではワインを飲ませていましたが、カイロの豪商がエチオピアで見つけたスーフィー派聖職者が飲んでるコーヒーノキと同じ果実から作られる黒い液体の飲み物を売り広めたと推理します。

そんな場所で、コーヒーが隠れて飲まれるようになって、1511年にメッカ事件が起きます。

「最近、民衆の間で飲まれるようになったコーヒーは黒い液体で、その原料は≪コーランで禁じられてる炭≫と同じではないか」と言う論争です。

メッカの支配者カイール・ベイは禁止令を出しましたが、カイロで上司に当たるオスマン帝国のサルタンがコーヒー愛好家だったために撤回されたんですね。

Blusofya このようなお墨付きを得ることができたので、当時の居酒屋がアルコールに替えてコーヒーを扱い始めたものですから急激に繁盛し、たちまちにその数も増えてスレイマン二世の時代(1566-74年)にはイスタンブールに600件ものコーヒーの家である≪カーヴェハーネ≫ができました。Turkycoffee1_1

イスラム教徒が礼拝を済ませて、三々五々にカーヴェハーネでコーヒーを飲んで、地域の噂話や政治の話しなどに花を咲かせたんでしょうね。

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超レアな珍品コーヒー

今回は、超レアなコーヒー豆を入手しましたので、そのご案内です。

2006年の春に公開された映画「かもめ食堂」というのをご覧になったお客様は、いらっしゃいますか。

  かもめ食堂 ⇒ http://www.kamome-movie.com/

 群ようこ原作、荻上直子監督。
 フィンランドで小さな食堂を開業することになった三人の日本人女性のなん
 とも温かな優しい風景が展開するストーリーなんですね。
 演じる役者は、小林聡美、片桐はいり、もたいまさこですから、笑います。

で、この映画の中で、フィンランド人の男性が美味しいコーヒーの淹れ方を三人に教えてくれるシーンが出てきます。

それは、「コピ・ルアック」という呪文を唱えて、コーヒーを淹れることがポイントだと教えられるんですね。

映画を見てるときは、ふ~んとただ記憶に留めていただけでしたが、帰りに東京駅の大きな本屋さんに立ち寄り、コーヒーの関連書籍が置いてあるコーナーで一冊の本を手にとって見ていたら、この言葉が目に飛び込んできたのです。Kopi1_2

この話しは、以前にメルマガでも書いたことがあると思いますが、その本で「コピ・ルアック」がコーヒーの豆の銘柄だということを知ったんですね。

どんなコーヒー豆かといいますと、

インドネシアに生息するジャコウネコ科で<ルアック>というの小動物がいるのですが、ルアックはコーヒーの果実を喜んで餌とし、糞と一緒に未消化の種をばら撒くそうなんです。

Kopi2
で、その糞に混ざったコーヒー豆を洗浄したものが、ヨーロッパでは珍品として人気なんだという話しを聞いて、なんとか手に入らないかと探していましたら、・・・・見つかったんです♪

  ところが、この「コピ・ルアック」は、珍しいだけに大変高価なんです。

    通常販売する200g単位に換算して¥5000ほどになります。

  で、取り扱いをどうしようか、迷っていたんですけど・・・・

    どんなコーヒーなのか、飲んでもみたい、、、ですよね。

  そこで、知恵を絞って考えたアイディアが、小分け販売!

  話しのタネに、一回は飲んでみたいが、常備はいらないとなれば、

  みんなで小分けで買っていただき、試飲してもらうのがベスト!

  そんなわけで、カップ4杯分の【40gで1000円】

       一杯あたり・・・250円

  これなら、喫茶店で飲むコーヒーに比べても、安い!でしょう。

  数量は、  40g×50個  だけご用意させていただきました。

    飲んでみた~いぃ。。 お客様は、お早めにお買い求め下さい。

      ⇒ http://www.beans510.com/z/kopi.htm

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2007年4月21日 (土)

こちらのストーリーに必然性が!

前回は、いま私たちが飲んでるようなコーヒーを最初に飲み始めたのは、やはりエチオピアではないかと推論しました。

確かに、エチオピア人はブンを最初に食用として、ただ単に食べるだけでなく、発酵させて水を混ぜお酒としたり、すり潰して動物の脂を混ぜて団子を作り携帯食としたりしました。

ところが、それを今度は種を取り出して煎って粉にし、煮立てて飲んだ必然性は、どんなスチエーションが考えられるだろうかと思い巡らしました。

考えられるのは、果肉を食べた後に、口から取り出した種を火の中に捨てたら、焦げてきていい香りがしてきたので、取り出してその焦げた豆をかじったりしてみた。

そんな風なストーリーが考えられるが、どうもスッキリしない。

そこで、もう一度、神秘主義スーフィー派の聖職者が、ギシルのようなカフワを祈祷の際に用いた風景を想い描いた。

後にコーヒーノキと称されるアカネ科のブンという植物は、エチオピアのアビシニアン高原と緯度や気候環境が似てるイエメンの山岳地帯だけで育つ。中東地域の他のイスラム諸国ではブンは育たないし採れないのだ。 

そして、煮出して作るカフワの材料であるブンの果実は灼熱の中東では持ち歩くと腐る。・・・ならば、そのカフワはイエメンの地域にあるモスクだけでしか、用いられなかったことになる。

しかし、その効用を知ったスーフィーの僧侶達は、何とか他の地域のモスクでもブンで作ったカフワを使いたかったはずだ。

・・・だとするならば、カフワを作った残りカスの種子を持ち歩いたかも知れない。種子なら腐らないし、二番煎じで作られるカフワでもいいからと考えただろう。

もう一度、想像してみよう。

≪アデンのモスクでカフワを飲んで祈祷した貧しいスーフィーの僧侶が、メッカを目指す旅に出る。その際に、残りカスのブンの種子を貰い受け、旅先のモスクで生の豆を煮出してみるがその効用は得られずに、種子を火の中に捨てる。≫

そう!火の中に捨てれば、煎られて焦げてコーヒーの香りが立ち上る♪

そこで、もう一度焦げた豆を煮出してみると、こげ茶色のコーヒーができて、飲んでみるとアデンで飲んだカフワと同じ効果が現れ、香りがすこぶるいいことを知った!!

そうだ、これだ! これなら、ストーリーとして必然性が感じられはしないだろうか。

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2007年4月24日 (火)

苦くて不味い黒い液体

コーヒーはいつ頃からコーヒーとして飲まれるようになったのか。
そんな話しが延々と続く。

イスラムの信者は聖地メッカを目指す。結果、アラビア半島の東海岸中心に位置するメッカには多くの信者が各地から集まる。

アラビア半島の南端からやってきたスーフィー派の信者は、旅の途中でカフワを作った残りカスのブンの種子を火で煎って黒い液体を作ることを知った。

その飲み物は、すこぶるいい香りをするが、とてつもなく苦い。
苦くて不味いが、薬だからと思って祈祷をするときの飲む。
そんな飲み物だから、簡単に民衆に広まるはずはない。

それでも、スーフィー派の信者は寝ないで祈祷するので、その苦い黒い液体を用いた。ブンが採れない中北部のアラビア半島地域では、果皮を持ち歩くと熱さで腐ってしまうので残りカスの生豆を携帯して、宿泊先のモスクで豆を煎ってその黒い液体を作って飲んだのだ。

ここに、私たちが現在飲んでいるコーヒーのルーツがあると私は推論する。黒焦げになった豆を煮出して飲むことを考えつくのは、ギシルのようなカフワを飲用する習慣のあったスーフィーの信者だからこそだ。


そして、その黒い液体が民衆に広まるのは、カイロで砂糖との出会いがあったからではないだろうか

砂糖の歴史は古く、3200年前には既にインドでサトウキビから抽出した液が甘味料として使われていたことが分かっている。インドからペルシアに伝えられた砂糖はアラビア一帯で愛好され、砂糖を焼いて作る「カラメル」のようなさまざまな砂糖菓子がそこから生み出されていった。

その砂糖がインドからイスラム商人によって地中海の貿易都市カイロに運ばれてきていた。そして、苦いコーヒーと甘い砂糖とが出会う。


日本ではコーヒーに砂糖を入れて飲まないのが通のような雰囲気があるが、トルココーヒーもエスプレッソもたっぷりと砂糖を入れて飲む。世界のコーヒーの楽しみ方としては、砂糖を入れて甘くして飲むほうが普通なのだ。

このように甘い砂糖やお菓子と出会ったら、コーヒーの魅力は倍増する。
今風に言えば、スィーツとのコラボレーションだ。

そして、スーフィーの信者が飲むそんなコーヒーをイスラム商人が見逃すはずはない。どこで手に入れたのか、どんな場所で採れるのかと調べ、イエメンの山岳地帯で収穫されたコーヒーの果実を買い漁る。

そんな甘いコーヒーが、改めて聖地メッカにもたらされた。
そして1511年、預言者ムハンマドの誕生日の前日にメッカ事件が起きる。

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